説明
平均律クラヴィーア曲集第1巻の第8番は、前奏曲が変ホ短調(フラット6つ)、フーガが嬰ニ短調(シャープ6つ)と、対になる二曲で記譜が書き分けられている珍しい例です。鍵盤の上では同じ音ですが、読み手にとってはまったく別の楽譜に見えます。均等に近い調律であればどの調も演奏できる——曲集全体が示そうとしたこの主張を、いちばん極端な形で体現している一曲といえます。
3声のフーガで、主題は長い音価でゆっくりと立ち上がり、半音階的な下降が影を落とします。曲が進むにつれて主題は反行形で現れ、後半では音価を倍に引き伸ばした拡大形が重ねられ、さらに声部が重なり合うストレッタへと集約していきます。5分近い演奏時間は第1巻のフーガの中でも長い部類で、悲嘆の表情が最後まで保たれます。
難しさは指の速さではなく、3声をそれぞれ独立した線として保ち続けることにあります。主題が内声に移ったときにどう浮かび上がらせるか、拡大形が始まった瞬間をどう聴かせるか、長い音をどこまで保持して次へ渡すか。落ち着いたテンポで、声部ごとに追って練習することが最短の道になります。
バッハが作曲した鍵盤楽器のための前奏曲とフーガの曲集。全24調を網羅し、対位法の頂点とされる名曲集
「平均律クラヴィーア曲集」の曲一覧を見る →楽譜提供: Mutopia Project
作曲家について
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1685-1750)
ドイツ・バロック音楽を代表する作曲家で、音楽一家バッハ家に生まれ、ライプツィヒの聖トーマス教会カントルを長く務めました。対位法の頂点を極めた作曲技法で知られ、「平均律クラヴィーア曲集」や「インヴェンション」など鍵盤音楽の基礎を築きました。本サービスでは、「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」のメヌエットやポロネーズ、インヴェンションとシンフォニア、平均律クラヴィーア曲集のフーガなどを収録しています。音楽帳の小品は BWV Anh.(付録)の番号で目録に入っていますが、ペツォールトのメヌエットのように他の作曲家の作品や作者不詳の曲も多く、多くの曲のページで作者についての現在の見方を記しています。
バッハの作品一覧を見る →